歯科医院は「人を採用できない時代」にどう備えるか

2036年を考える。これからの歯科医院に必要な「選ばれる」という視点

この記事のポイント

  • 歯科衛生士の採用競争は厳しい
  • 採用だけでなく定着への取り組みが重要
  • 医院と地域の魅力を伝えることが採用力につながる

読了目安:約8〜10分

「求人を出しても応募が来ない」

「以前より歯科衛生士の採用が難しくなった」

「ようやく採用できても、数年後には転職してしまう」

こうした声を耳にする機会が増えています。

では、これから10年先はどうなるのでしょうか。

2036年。

歯科医院にとって本当に大きな経営課題になるのは、「患者さんをどう集めるか」だけではなく、「診療を支える人材をどう確保するか」なのかもしれません。

KOKOIRO JOURNALでは、第1回として、歯科医院を取り巻く人材環境の現在と、これからの10年について考えてみたいと思います。

歯科衛生士の求人倍率は23.1倍

まず、現在の歯科衛生士の採用環境を象徴する数字があります。

日本歯科衛生士会によると、2025年度の歯科衛生士の求人倍率は23.1倍です。

単純化すれば、一人の歯科衛生士に対して非常に多くの求人が存在する状況です。

地域や求人条件によって状況は異なるため、この数字だけで個々の医院の採用難を説明することはできません。

しかし、一つのことは見えてきます。

歯科医院が求職者を選ぶだけの時代ではなく、歯科衛生士側にも多くの勤務先を比較し、選択する余地がある。

現在の採用を考えるうえで、この視点は欠かせません。

神奈川県でも歯科衛生士は増えている。それでも採用は難しい

ここで、神奈川県を見てみましょう。

神奈川県の資料によると、就業歯科衛生士数は、

2016年 7,926人
2018年 8,642人
2020年 9,518人

と増加してきました。

さらに厚生労働省の最新資料では、神奈川県の人口10万人あたりの就業歯科衛生士数は109人となっています。

つまり、「歯科衛生士がまったく増えていない」わけではありません。

それでも、多くの歯科医院が採用に苦労しています。

ここに、これからの歯科人材問題を考える重要なポイントがあります。

人数だけではなく、「どこで、どのように働くか」という人材の選択まで考える必要があるのではないでしょうか。

8割以上が転職を経験している

もう一つ注目したい数字があります。

日本歯科衛生士会の「第10回 歯科衛生士の勤務実態調査」では、回答者のうち勤務先を変わった経験がない人は19.2%。

反対に、勤務先を変更した経験がある人は80.8%でした。

さらに、「4回以上」勤務先を変わった経験がある人も22.3%います。

転職すること自体が、決して特別なことではないことが分かります。

これは「最近の人は長く働かなくなった」と片付けられる問題ではありません。

結婚、出産、子育て。

家族の事情。

通勤時間。

給与や待遇。

勤務時間。

キャリアアップ。

そして、自分がどのような仕事をしたいのか。 人生の変化に合わせて、働き方や勤務先を選び直すことが自然な時代になっていると考える方がよいでしょう。

「一度採用したら、ずっと働いてくれる」という前提を見直す

これまでの採用では、

「人が辞めた」
↓
「求人を出す」
↓
「面接する」
↓
「採用する」

という流れが一般的でした。

そして採用できれば、一旦、人材問題は解決したと考えられてきました。

しかし、転職が珍しくない時代には、この考え方だけでは十分ではありません。

採用した人が、

「ここなら長く働けそう」

「生活が変わっても相談できそう」

「自分の仕事を評価してもらえている」

「この医院で成長していきたい」

と思える環境をつくることまで含めて、採用を考える必要があります。

つまり、

「採用」と「定着」を別々に考えない。

これが、これからの歯科医院にとって重要な視点になってきます。

神奈川県の人口もすでに減少局面へ

人材問題を考えるとき、もう一つ無視できないのが人口です。

2025年国勢調査の速報値によると、神奈川県の人口は約919万人。2020年の国勢調査から約4万4,000人減少しました。

神奈川県自身も、県がすでに人口減少局面に入ったとしています。

県の中位推計では、

2020年 923.7万人
2035年 900.0万人
2040年 884.0万人

と人口が減少していくと見込まれています。

しかも県内で一様に減るわけではありません。

横浜・川崎地域と、三浦半島や県西地域では人口動態が異なります。

つまり今後、歯科人材の確保についても「神奈川県」という一つの括りでは説明できなくなる可能性があります。

2036年、歯科医院経営はどうなっているのか

ここで10年後を考えてみましょう。

2036年。

人口は現在より減少し、高齢化はさらに進んでいます。

一方で、地域の歯科医療を支えるには、歯科医師だけではなく、歯科衛生士をはじめとしたスタッフが必要です。

仮に患者さんが十分にいたとしても、

「働いてくれる人がいない」

という理由で、診療時間を短縮したり、患者数を制限したりする医院が出てくる可能性があります。

院長の高齢化や後継者不足など、別の経営課題と人材不足が重なれば、医院の継続そのものに影響することも考えられます。

もちろん、現時点で「2036年に歯科衛生士不足によって○○医院が廃業する」と断定することはできません。

廃業には後継者、経営状況、地域人口、設備投資など、さまざまな要因が関係するからです。

しかし、今後の歯科医院経営において、

「人材を確保し、定着してもらえるか」

が経営上の重要な要素になることは、十分に考えておく必要があります。

人材不足の時代に、給与だけで競争できるのか

では、採用を増やすために給与を上げればよいのでしょうか。

もちろん給与や休日、福利厚生は重要です。

しかし、すべての医院が給与を上げれば、それは再び同じ条件での競争になります。

しかも小規模な歯科医院が、大規模医療法人と給与や福利厚生だけで競争し続けることには限界があります。

そこで重要になるのが、

「なぜ、この医院で働くのか」

という理由です。

歯科医院には、求人票だけでは分からない魅力がある

同じ「歯科衛生士募集」でも、医院は一つひとつ違います。

患者さんとのコミュニケーションを大切にしている医院。

予防歯科に力を入れている医院。

スタッフ教育を大切にしている医院。

子育て中のスタッフが働きやすい医院。

院長とスタッフの距離が近い医院。

地域に何十年も根付いている医院。

新しい診療に積極的に挑戦している医院。

こうした違いは、月給や勤務時間だけを並べた求人票からは、なかなか伝わりません。

しかし求職者にとっては、この違いこそが、

「自分に合う医院なのか」

を判断する重要な情報になります。

「人を選ぶ医院」から「人に選ばれる医院」へ

人材不足が続けば、採用の考え方そのものを変える必要があります。

医院が応募者を選考することは、これからも必要です。

しかし同時に、

求職者も医院を選んでいる。

この事実を採用の出発点にする必要があります。

どんな医院なのか。

院長はどんな考え方をしているのか。

どんなスタッフがいるのか。

どんな働き方ができるのか。

どんな人に来てほしいのか。

そして、どんな医院を一緒につくっていきたいのか。

これらを積極的に発信することも、これからの「採用力」の一部になっていくでしょう。

さらに「医院」だけではなく「地域」が選ばれる

そして、私たちはもう一つ先の変化にも注目しています。

働く場所を選ぶことは、暮らす場所を選ぶことでもあります。

通勤時間。

住居費。

子育て環境。

自然環境。

休日の過ごし方。

地域のコミュニティ。

移住支援。

パートナーや家族の生活。

働く人がこうした要素まで含めて勤務先を選ぶようになれば、人材獲得競争は、

「医院 対 医院」

だけではなく、

「地域 対 地域」

へ広がっていく可能性があります。

地方だから不利、都市部だから有利とは限らない

この視点に立つと、地方の歯科医院にも別の可能性が見えてきます。

給与だけで比較すれば都市部が有利な場合でも、

「自然の近くで暮らしたい」

「子育て環境を重視したい」

「通勤ラッシュから離れたい」

「地域の人と関わりながら医療に携わりたい」

と考える人もいます。

反対に都市部には、交通利便性、教育環境、文化、キャリアの選択肢などの魅力があります。

つまりこれからは、

医院の魅力+地域で暮らす魅力

をセットで伝えることが、人材獲得につながる可能性があります。

人材獲得は、やがて地域の課題になる

ここまで進むと、歯科衛生士不足は一つの医院だけの問題ではなくなります。

歯科医院だけでなく、

歯科医師会。

自治体。

地域企業。

教育機関。

地域住民。

さまざまな人たちが、

「この地域で医療人材に働いてもらうにはどうすればよいのか」

を考える必要が出てくるでしょう。

人口減少社会では、人材に選ばれる医院をつくることと同時に、人材に選ばれる地域をつくることも重要になってくるのではないでしょうか。

だからこそ、医院の魅力を「伝える」

未来のことを正確に予測することはできません。

しかし、今からできることがあります。

それは、自分たちの医院を見つめ直すことです。

自院にはどんな魅力があるのか。

どんな働き方ができるのか。

どんな人と一緒に働きたいのか。

スタッフをどのような存在として考えているのか。

そして、そのことが求職者にきちんと伝わっているのか。

条件だけでは伝わらない医院の魅力を言葉や写真で伝える。

院長の考えを伝える。

スタッフの姿を伝える。

そして地域で働き、暮らす魅力まで伝える。

これからの採用では、こうした「伝える力」そのものが医院の採用力になっていくと、私たちは考えています。

「ここで働きたい」を、もっと伝える

ここいろは、単に求人条件を掲載するためだけのサービスを目指しているわけではありません。

医院には、それぞれ違った魅力があります。

働く人にも、それぞれ違った価値観や希望があります。

給与、休日、勤務時間だけでは分からない、

「この医院だから働きたい」

という理由を伝える。

そして、

「この地域で働いてみたい」

という選択肢も伝えていく。

医院と働く人がお互いを知り、より自分に合った出会いにつなげていく。

そのために、ここいろでは歯科医院が自院の特徴や職場の魅力を発信できる採用ページを提供していきます。

まずは、自分たちの医院の「ここで働く理由」を見つけ、それを伝えるところから。

人を採用することがますます難しくなる時代だからこそ、「選ばれる医院」になるための採用を始めてみませんか。。

KOKOIRO JOURNALでは、これから検証していきます

本記事で取り上げた問題は、一度の記事だけで答えが出るものではありません。

KOKOIRO JOURNALでは今後、

歯科衛生士の求人倍率はなぜこれほど高いのか。

神奈川県では地域によって人材事情にどのような違いがあるのか。

歯科衛生士はなぜ転職するのか。

求職者は医院のどこを見ているのか。

採用できる医院と採用できない医院には何が違うのか。

給与以外の医院の魅力をどう伝えるのか。

そして10年後、歯科医療を支える人材に「選ばれる地域」とはどんな地域なのか。

データをもとに、一つずつ考えていきます。

その先では、実際に歯科医療の現場を支えるクリニック、歯科衛生士、歯科医師会、自治体などの声も聞きながら、2036年の歯科医療と人材のあり方を考えていきたいと思います。

※本記事で示す将来像は、将来の医院数や廃業数を予測するものではありません。人口・就業者数等の公的統計をもとに、今後の歯科人材問題について考えるためのものです。

主な参考資料
・厚生労働省「衛生行政報告例」
・厚生労働省「医療施設動態調査」
・神奈川県「新かながわグランドデザイン」
・日本歯科衛生士会「第10回 歯科衛生士の勤務実態調査報告書」
・日本歯科衛生士会「歯科衛生士6つの魅力」